芥川賞の候補にも上がっていた話題作、古市憲寿さんの『百の夜は跳ねて』です。芥川賞は2度めのノミネートでしたが、惜しくも受賞は逃しました。『平成くん、さようなら』も面白かったので、どうなることか賞の行方を注目していましたが残念でした。私には『百の夜は跳ねて』の方が『平成くん』よりも共感できて面白かったです。次回作はいつ出るのかな?今のところ毎回期待を裏切らないので、今後の作品も楽しみです。
★2019年11月27日追記
本作に盗作の疑い?が持たれていたことを、読了後知りました。発端は、芥川賞選考時のい委員のコメントにあるようです。
(ちなみに選評はこのサイトで読むことができます。http://prizesworld.com/akutagawa/senpyo/senpyo161.htm)
何人かの選者が、巻末に参考図書として挙げられていた作品と、本作『百の夜は跳ねて』が余りにも似ているというか、共通するものがあるといった内容のコメントをしていました。
『百の夜は跳ねて』を好ましく感じている私は、その下敷きとなった作品と、本作がどの程度似ているのか?実際に盗作のように感じるのか?確かめたくてたまらなくなりました。
書籍化されていない下敷き作品をそう簡単に読むことができないのですが、ついに出会うことができました。
読んだ感想を、ブログの最後に書きましたので、興味ある方はお読みください。
『百の夜は跳ねて』要約(ネタバレ含む)
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就活に失敗した翔太は、タワーマンションを含む高層ビルの窓を外側から磨き上げる仕事に就いた。ある日、清掃中の室内にいる老婆と目が合う。部屋の中は異様に箱が積み上げられている。老婆は、窓に3607と数字を書き残した。
勇気を出してタワーマンションの正面玄関から3607を入力して行くと、例の部屋で老婆が待っている。老婆はかつては結婚し家庭を持ち娘と息子がいるが、今は1人で暮らしている。
老婆は翔太に窓の外から部屋の中を撮影してきてくれと頼む。迷ったが引き受ける翔太。
ヨドバシカメラに行って、GoProを購入する。動画で撮影し塩梅のいいシーンを切り出すのが最も効率的と判断。
作業用つなぎにGoProを縫い付け、緊張しながら盗撮に挑む。最初は上手く行き、切り出した写真を持ち再び老婆の元に訪れる。老婆はひどく喜ぶ。成功のコツをつかんだので、次々に盗撮を成功させて、写真を届け、あの部屋で老婆の作る食事を共にする。
だんだんと心がつながって行く2人。しかし温かい時間は長くは続かない。
盗撮の事実を同僚に指摘され、恫喝される翔太。開き直るが、もうやらないことを決意する。
老婆のタワーに赴き、高層ビルの室内の写真はもう撮れないので、替わりに地上の写真を撮って来ると約束する。
GoProでは画質面、表現力で満足できないのでヤマダ電機でCANONのEOS5D Mark 4を買う。地上の写真を撮影して持っていくと‥もう、いつもの部屋にあのおばあさんは住んでいなかった。
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ざっくりあらすじを語るとこんなお話。
『百の夜は跳ねて』の感想
ものすごく、ビジュアルイメージを喚起する作品なんです。
場面場面が鮮明に脳裏に浮かんでくる。「フジテレビ」「京急」「マルエツ」「埼玉のそごう」「ティファニー」「Amazon」2019年現在、見慣れた商標や実際の企業名をふんだんに使っているので、ものすごく鮮明に画像が浮かぶんですよね。
光、闇、色、がありありと浮かんできます。
スーパーマルエツで手土産の果物を物色するシーン。値段を見比べて、逡巡する心。いや〜秀逸!
特に、段ボール箱とLED電球とプリントした写真で作った団地のレプリカをライトアップする描写はちょっと泣きそうになってしまいました。
古市さんは写真や映像制作にも造詣が深い方なんでしょうか?
GoProやファイブディーマークフォーの扱い方も元カメラ販売店勤務なの?と思うくらいはずしてないです。
特に瞠目したのが、下記の2箇所の描写。
特に夜とかそうだと思うけど映り込むじゃん。こっち側が。俺らにとってはあっち側だけどさ。カメラを構えてる自分だとか、隣にいるじじいの顔だとか、照明だとか。
でも肉眼で窓越しに風景を見ているときは、何も気にならないだろ。あれって、俺らが頭の中で勝手に映り込みを消してるらしんだよ。本当かは知らねえぞ。
僕は海外旅行をしたいと思ったことが一度もない。検索をすれば、優秀な写真家が撮影し、入念にレタッチされた世界中の絶景画像がすぐに見つかる時代だ。
そんな最高の一瞬を、ふらっと訪れた旅人が目撃できるはずもない。苦労してその場所を訪れたところでがっかりするのが落ちだと思う
写真を撮る人なら、古市さんの感性に共感する部分は多いんじゃないかなあ。
少なくとも私は好き。古市写真展が開催されたなら、絶対見に行く。この感性の人が撮る写真絶対見たいもんね。
(いや、写真撮ってるのかどうか知りませんけどね)
流れるように読めて、どんどん先へ先へと読み進められます。
文章が本当にうまい!
漢字と数字とひらがなとカタカナの割合が心地良い。
人物の描き方も「あ〜いるいる〜」とうなづきたくなるリアリティが溢れています。
『百の夜は跳ねて』はこんな人にオススメです
まさかそういう小説だと誰も思ってないだろうけど、この小説は、特に「写真を好きで撮っている人」におすすめしたい!
主人公の翔太は、最初は頼まれていやいや撮ってたのに、最後は写真の魅力にとりつかれちゃうですもん。
読み終えた後は何でもないこと、自分の身に起こったことを表現力豊かに描きたくなり、街にスナップ撮影に行きたい気持ちになりました。
特にキヤノンの中の人、GoProの中の人にもおすすめするなあ。自社製品をこんな風に大切に描かれたらニヤニヤして嬉しくなって明日からさらに仕事が楽しくなっちゃうと思う。
私も、GoProを持ってないので欲しくなりました。
まとめとパクリ疑惑
古市さんはテレビ出演もこなす若き社会学者ですが、見かけがチャラいので、軽く見られがちかもしれません。実は私もかつてはちょっとそんな印象を持っていました。ですが最近は彼に対する見方が180度変わり、むしろ時代をリードする信頼すべき論客として、注目しています。
黄色い表紙の装丁がまた印象的なので、誰が装丁したんや?と奥付確認すると。
東京の街を見下ろしたアングルの装丁画も古市さんが描いてたんですね。多才過ぎる。
週刊新潮で連載コラムを持っていて、毎週古市さんのオピニオンが読めます。いつもはずしていない(個人の感想です)内容で、週刊新潮連載中、一番楽しみにしている記事。毎週このページから読んでます。
連載をまとめた本はこちら。
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ところで芥川賞を逃した理由として参考文献のオマージュというかパクリ疑惑‥があったんですね。選者の方々の選評の断片をTwitterで目にしました。
しかし、言葉が文学的すぎて、私にはどのような状況なのか計りかねます‥。参考文献の内容と本作がどのような関係にあるのか、実際自分で読んで判断したいものです。
第161回芥川賞の選評が掲載された『文藝春秋』2019年9月号
参考文献 木村友祐氏「天空の絵描きたち」は『文學界(文藝春秋)』2012年10月号に掲載
「天空の絵描きたち」の感想
木村友祐氏「天空の絵描きたち」は『文學界(文藝春秋)』2012年10月号に掲載、ということで、2019年現在入手はなかなか困難な状況です。出版社のバックナンバーにも在庫はありません。
でも、色々調べてありかを突き止めました。その場所は東京都立図書館です。東京都立図書館に行けば、過去出版された雑誌を閲覧することができるのです。
では早速、感想を書いていきましょう。
だいたい、1時間程度で読み終わる程度の長さの作品でした。
- 「天空の絵描きたち」の主人公もまた、ビルの外壁を身一つで清掃するガラス拭きを職業とする人。ただし、性別が異なり、こちらの主人公は女性。
- 死亡事故が起きるという共通点もある
- ガラス拭き人が2人1組で作業する、ガラス拭き人同士の交流が伏線となってストーリーが展開する
例に挙げたようにいくつかの共通点があります。しかし、私は2つは別の作品であると感じました。
筋だけ見たら類似性は否定できないです。
しかし、小説というものはストーリーだけを追うものではないです。文体や文章のリズム、テンポといったストーリーとは別の要素もまた、小説を味わう時の醍醐味です。これらの要素から醸し出される空気感が、作品全体の印象を作り出すのに大きな影響を与えます。
といった小説の癖を加味すると、2作品は別の作品です。
例えて言うなら、2人の作家が「同じ場所に撮影に行って」「それぞれ自由に撮影した」
『別々の作品』を見ているようなものだと思います。同じモチーフが登場する点は共通ですが、見えているもの、湧いて来ている発想・アイデアは全く別物です。伝えたいテーマもそれぞれ違っていますしね。
私の結論:「パクり」とは言えないと思います。『百の夜は跳ねて』の方、もうひとりの主約、高層ビル内のシニア女性の容姿や部屋の描写に古市さんのオリジナリティを感じるし、「写真」をキーに持ってきたのも古市さんのオリジナルだし、改めて私は『百の夜は跳ねて』名作だと思いました。