サザン40周年記念の花火大会により、ごったがえす茅ヶ崎駅から、人混みをかき分け向かったトークイベント。
写真家の竹沢うるまさんのイベントにはあちこち足を運んでいる私ですが、
今回は「なぜ写真集を作るのか?」というこれまでにない切り口のトークショーで、編集者目線のエピソードが新鮮で面白かったです。
竹沢うるま×尾崎靖 初めての写真集「 Tio’s island」
尾崎さんは、大手出版社小学館を定年退職された編集者です。
話はうるまさんが20代の頃に遡ります。
その頃うるまさんはフリーランスの写真家として自分を知ってもらう、自分を広めてもらうツールとして写真集を出したいと考えていました。
で、版元として思いついた先が、以前から仕事上の付き合いのあった小学館。
小学館で「写真集を出したいんだ」という話をしたら尾崎さんを紹介され、そこから現在につながる関係が始まりました。
ここからが編集者の出番。
その頃のうるまさんは写真の腕はあっても、世間的には無名。
無名の写真家の作った写真集を世の中の人に見てもらうためには、なんらかの切り口、理由が必要になる。
ただ美しい南の島の写真集というだけでは、多くの人に手にとって購入してもらう理由にはならない。
そこで考えた切り口が、芥川賞作家「池澤夏樹」。
実は池澤夏樹は、うるまさんが以前から好きでよく読んでいた作家。
池澤さんの作品には南の島を舞台にしたものがあり、中でも初期のみずみずしくも少しせつない世界を描いた南の島のティオ (文春文庫)という本がある。
これが素材としていいのではないか?
ティオの世界にうるまさんの美しい南の島の写真を付けたら、写真集としてイケるんじゃないか?売れるんじゃないか?と編集者尾崎は考えたわけです。
しかし二人共池澤さんには全くつてはない。あてもない。
じゃあどうするか?
ここからが最高な二人なんだよね。
まず手紙を書きました。
池澤さんには、通常、小学館の編集者みたいな人が仕事っぽく会いに行っても絶対に会ってもらえることはない。
なので、写真家側からアプローチした方がいいだろう。
ということで、うるまさんが手紙と自分の作品を同封して池澤さんに郵送することになりました。

もちろん、すぐには何の反応もない。
だから、こちらからアプローチできそうなことがあれば全部やった。
池澤さんのスケジュールを全部調べて、出版記念のサイン会があればもちろん行く。
本を購入して、サインの列に並んで、サインをもらいながら
「どんな感じでしょうか?」
と聞いてみたり(笑
そんな日々を続けたある時、ついに池澤さんから出版OKの返事が来た!
ヤッター!
ただ池澤さんはOKは出したものの、具体的なリリースについては
「少し待って欲しい」
というご希望でしたので、もちろん二人はそこから大人しく待ちました。
1年待ち、2年待ち、3年待ち…
「よし、待とう。」
と決めたうるまさんもさすがに業を煮やし…
うるま的には、この写真集をマイルストーン的に区切りとしてリリースし、その後新しいことに進んで行こうと考えていたんです。
なのにいつまで立ってもリリースできないもんだから、全然先に進めず、ものすごく煮詰まっていた。
煮詰まったうるまは、こう考えるようになりました。
この写真集を拠り所として考えていたら、絶対に先に進めない。
だからこの写真集のことはもう越えるべきステップとしては考えず、次に行こう。
そう心を切り替えて、世界一周の旅に出発することに決めたわけ。
で、もうまもなく出発するぞという矢先に、ついに池澤さんから、写真集に添えるための原稿が尾崎さんに届いたんです。
ひょえ〜。
嬉しいけどタイヘンだ!
担当編集者尾崎としては、これで晴れて出版できる、出版したからには、ガンガン販促イベントも打ちたい!
イベント打って、写真集売って売って売りまくろう!
と盛り上がりました。
しかし、うるまの心は既に世界一周に舵を切った後。
「いや、僕もう、出発しますから」

って!
うるま!
オイ!
勝手すぎるだろ!
尾崎さんの立場も考えろ!
いや、うるまの気持ちもわかるけど!
写真集だというのに、共著作者の一人がいない状態で「Tio’s Island」は世に出ることになったのでした。
写真集を出版する時の通常の工程を大幅に逸脱して。
印刷したプリントの色を確認する「色校」も、うるまさんは旅先の中米あたりでチェックしたそうです。
本来であれば二人の著作者による本なので、二人出席のイベントにしたいところ、うるまさんがいないので池澤さんだけでプロモーション。
編集者って大変な仕事なんだなあ…
よく売り切ったよ…
今にして思えば、池澤さんがなかなか最終原稿を来れなかったのは、池澤さん側にも解決しなければならない事情があったからなんだろう、と尾崎さんは言います。
南の島のティオ (文春文庫)
その鎮魂の物語を、池澤さんはどうしても書かなくてはならない、書きたい、書く必要があった。
だけど池澤さんにもそれは簡単に書けるものではなく、書くまでには時間が掛かった。
そういうことなんだろうな。と。
うるまさんのために池澤さんが新たに紡いだ物語は、今、文春文庫版の
「南の島のティオ」には収録されているそうです。
竹沢うるま×尾崎靖 2冊目の写真集「Walkabout」

そんないきさつで出発した、3年弱の世界一周旅から、うるまさんが帰ってきました。
世界を歩いて撮りまくった写真、3万5千枚。
これまた写真集にしたいと尾崎さんに依頼するも、3年って、ものごとが変化するには充分な時間。
この間に尾崎さんの所属は、写真集を出せる部署ではなくなっていました。
小学館では写真集を出していい部署、出せない部署の区分けが明確に決まっているらしいです。
そこで尾崎さんの採った行動は。
「異動願い」。
小学館って柔軟な会社ですね!
異動願いが通って、晴れて写真集を作れることになりました。
いざ制作工程に入り、まず大変だったのは、写真のセレクト。
Walkaboutは320ページの写真集ですが、3万5千枚から320枚に削るってかなり大変です。
渋谷区の公民館でA4版にプリントした写真を広げてセレクトしたんだとか。
次に大変なのは部数と価格。
写真集というものは、初版ではほとんど利益は出ないのだそうです。
利益が出るのは2回目の印刷がかかってから。重版といって、そこからは儲けが出る。
既に一度「版」を作ってあるので、その工程が省けるから。
初版をどういう部数と価格の組み合わせにすれば、売り切ることができるのか?
ここを決めて、やり遂げることが何より大事なんです。

でもそれが編集者の存在意義というか、手腕というか、美意識の発揮しどころ。
尾崎さんは3,200円で販売することに決めた。
320ページで3,200円って、破格ですよ。
買う立場から言えばめちゃくちゃコストパフォーマンスがいい。
でもね、うるまさんが世界を見てきて撮ってきた写真がとても素晴らしいので、尾崎さんは、できるだけつづうらうら、より多くの人に、この素晴らしい作品を広めたいと思ったんです。
だからこその格安価格。
ただし。
価格が安いということは、数を売って採算を取らなければなりません。
Walkaboutは、実は写真集としてはあり得ないくらい、初版の部数が多いのです。
この掟破りの部数をさばくためには、何らかのフックは必要だ。
そうだ、本の帯を誰かに書いてもらう必要がある。
(帯というのは、新刊の本の表示に巻いてある細い紙のことです。ここに、著名人からの推薦文を載せてPRに使います。)
誰に?誰に?
沢木耕太郎さんがいいんじゃないか。
沢木さんにお願いしよう。
沢木さんと言えば、深夜特急。旅です。
確かにうるまさんの作品とは相性が良さそうに思います。整合性もあります。
で、沢木さんにコネクションがあるのかと言えば…ありゃしない(笑)この二人。
というわけでまた泥臭く、遠いところからアプローチしました。
さて、そもそも論なんですけど、沢木耕太郎さんはこれまで、誰の本に対しても帯の推薦文を書いたことがないのだそうです。
そういうポリシーの方なんです。
なのに、お願いに行くという…(笑
全く空気を読むということのない人たち(笑
それでも、うるまさんの写真作品と手土産のピーナッツを添えて、ダメモトで沢木さんにお願いしに行ったわけです。
ただ、ダメだった場合の代替案はないんですけどね。
しかも印刷の期限は迫っている。
かなり追い込まれた状態でした。
ここで注目する必要があるのが、手土産に持っていったピーナッツ。
当時渋谷の道玄坂あたりで、おじさんが手作業で作って売っていて、実はこのピーナッツは尾崎さんの大好物だったのでした。
さらにこのピーナッツを作っていたおじさんがまた、こだわりのおじさん。
絶対中国産は使わず、使うのは国産のみ、さらに炒り方にも工夫をこらし、細かいところまで心を砕いて作り上げたピーナッツはそれはもう素晴らしい逸品なのだそうです。
尾崎さんいわく。
とにかく、うるま写真の力と、ピーナッツの力に賭けたわけですよ。
これはもはや投機的行動ですね。

だけど尾崎さんには信念があったんだろうと思うんです。
うるまの写真がスゴいし、ピーナッツもスゴいから。
そうしたら!
なんと超ギリギリで沢木さんから帯用の原稿が来たわけ!
すげえ、この人達持ってるよ!
沢木さんもね、落とし所を考えてくれたんです。
ポリシーがあるから、帯に推薦文を書くわけには行かない。
だけど「書評」という形でなら書くことができる。
と言って5行の文章を書いてくれたのです。
沢木さんの心を動かしたんですね!
写真とピーナッツの力が。
それだけじゃないな。写真とピーナッツの背中にあるものも沢木さんは感じたんだろうな。きっと。
情熱とか愛とかこだわりとか、そんなようなものを。
関係者全員のこだわりを。
ピーナッツを作っているおじさんのこだわりも、それを選んだ尾崎さんのこだわりも、多分伝わったんだ。
そんな綱渡りを乗り越えて世に出た「Walkabout」なのに、うるまさんは出すことにずっと葛藤があったそうです。
というのは320ページくらいでは、自分が見てきた広さ、深さをとても表現できない。
最低でも5,000ページは必要だ。
そんな中途半端な形のものを出すなんて、そんなことやっちゃっていいのだろうか?という葛藤。
そんなものを世に出すくらいなら、いっそ燃やしちゃったほうがいいのではないか?
とまで思い詰めた。
まじか、うるま、いい加減にしろ。
と言いたいところですけど、うるま、マジなんだよね。
竹沢うるまってそういう人。
幸い、燃やされることはなく、無事に「Walkabout」は流通網に乗り、初版完売し、重版もかかったのです。

ここで、Walkabout豆知識。
収蔵されている作品は、大陸ごとにまとまっているんだけど、大陸を移動する時には必ず、海の写真が配置されています。
今度Walkabout見るときは、そこも注意して見ると面白いですよ。
沢木さんが書評を書かれた帯の文章が載っている場所にも注目してね。
写真を一通り見た後で目に入る場所に置いてあるから。
これって「沢木バイアス」がかからないようにするための配慮です。
最初に見てしまうと、どうしてもそれに引っ張られてしまう。
もっと自由に、個人の自由な感性で見てもらいたいための、デザイナーと編集者の心遣いです。
竹沢うるま×尾崎靖 3冊目の写真集 谷川俊太郎×竹沢うるま 「今」
苦しみながらリリースした写真集「Walkabout」の後に、対になる旅のドキュメンタリー本「Songline」を書いたうるまさん。
「Songline」を書いたことで、やっと旅の落とし前をつけることができたような気になり、落ち着いてきたらしいです。
そこでやっと3年の旅で撮ってきた写真に対して冷静になり、まだ見せていない写真が山程あるので、それを再び本にする方向に気持ちが動きはじめました。
ここで登場するのが詩人の谷川俊太郎さんです。
谷川さんは実は、写真家の写真作品と自身の詩を組み合わせた本を結構出版されているんですよね。
なので谷川さんに写真と詩の本の出版依頼に行くのはそんなにハードルが高い話ではありません。
…依頼の仕方を間違えなければ。
谷川さんは「ナナロク社」という出版社をお持ちで、ここからしか写真と詩を組み合わせた本は出版しないことに決めていらっしゃるのです。
それを小学館から出させて欲しい。
とお願いに行くわけですからね。
本当にこの二人やってくれます。

谷川さんの好物はピスタチオなんです。
なのに、尾崎さんが依頼のお願いに行く時に持ってきた手土産はやっぱりあのピーナッツ。
ピーナッツが効いたのか、写真が良かったのか、結局谷川さんは引き受けてくれました。
依頼に応じて谷川さんが書いてくれたのが
「今」
という一篇の詩です。
その詩を元に80ページの本の制作に入ったわけですが、そこそこ進んだ段階で、実は96ページで仕上がり申請していたことが制作チームの中で判明。
本って、一枚の大きな紙を折ったり切ったりして作るので、ページの増量単位が16ページずつなんですよね。
まじか!
どうする?
素材が足りないじゃん!
谷川さんの詩は一つしかないし!
またピンチです。

そこでうるまさんが考えたこと。
「切っちゃえばいいんじゃね?」
谷川さんの一つの詩を一行ずつに切り刻んで、写真の間に配置すればいいんじゃないだろうか、というアイデアです。
出来上がった「今」はそのアイデアを取り入れて作られています。
一行に対して一写真。
でも、そのリズムがすごくいい。
私はこの配置が大好きです。
とても心地よい。

谷川さんは、詩とは音楽のようなもので、そこに漂っているものとおっしゃっているそうです。
何となくわかります。
「今」は、寝る前にパラパラ開いたりして、言葉や写真や色の作る世界をふわ〜っと感じるのが心地よい本。
私には。
この世界観、味わってみて欲しいな。
まとめ

大手出版社で写真集を世に出す意味とは何でしょう?
うるまさんは「責任」ということばを多く口にされました。
自分はあんなところやこんなところに行って、こんなことを感じて、こんな写真を撮った。
それを世の中に出すことが、自分の責任なのではないかと思うと。
尾崎さんは「可能性」とおっしゃいました。
写真集を出す形として電子出版という方法もある。
でも紙の本にして出すと、形があって手で触れて、運ぶこともできる。
ニューヨークでうるまさんが個展を開いた時、尾崎さんはスーツケース二個に「Walkabout」を詰めて持っていき、彼の地でギャラリーに集まった人に披露したそうです。
そこで、実体のある本の形で見せて、触って、手にとってもらうことはやっぱり意味のあること。
それは写真集にしかできないこと。
大手出版社で出す意味は、時間の壁を越えられるから。
Walkaboutがリリースされたのは2013年のこと。
そこから何年かの時間が過ぎ、そこで初めて竹沢うるまに出会う人もいる。
そういう人に「写真集」という形で届けることができるのは、大手出版社から出版する意味と言える。
講演を聴き終えて1日経った今、私が感じたこと。
全てはつながっている。
あきらめたらそこで試合終了。
捨てれば入ってくる。捨てることで入ってくる。
いいからやる。とにかくやる。
さすれば道は開ける。
といった感じかな。
本当に全てに逃げずに真剣に取り組むがゆえの、竹沢うるまさんの無茶振りを、尾崎靖さんがこれまた全て受け止めて、何とか打開策を考えて行動した結果、全てギリギリで良い方向に動いた歴史を追体験した気持ちです。
数々の修羅場を共にくぐり抜けてきた二人。
二人をサポートし、ともに作り上げてきたチームのメンバー。
同じ時間を戦い生き残ってきた人の間に流れる、信頼感や暖かい空気を充分に感じることができました。
でもきっと修羅場当時の現場は、相当ピリピリしていたはず!
それを尾崎さんの品の良いのほほんさが、和らげていたんだろうなあと思います。
ナイスコンビでした。
